もう一度、「Modelingの次」を考える
手描きからCAD、そしてBIMへ。私たちはこれまで、建築を考え、表現し、共有するための道具をアップデートし続けてきました。
本連載の第1回で、私はそれまで考えていた「Modelingの次」を、あらためて考え始めました。
「Drawing(手描き) → Drafting(CAD) → Modeling(BIM)と進んできた先に、一体何が来るのか」

「Orchestrating」だと思っていた
この問いに対し、連載を始める前の私は、一つの仮説に辿り着いていました。それが「Orchestrating」という姿です。
BIMによって建物情報の統合・共有が進む一方、法規、構造、環境性能、コスト、社会的要請など、設計者が同時に扱うべき情報や評価軸はますます増えてきました。そうした中で、定型的な作図やモデル作成はAIなどのデジタル技術に委ね、設計者は多様で相反する条件を調和させ、一つの建築へとまとめ上げる「オーケストレーター」になる。それが、Modelingの先にある設計の一つの姿ではないかと考えていました。
しかし、AIを実際に使い、検証を重ねていく中で、その仮説を問い直すようになりました。そして、本連載を通じて見えてきたのは、仮説の正しさではありませんでした。
むしろ、AIに触れれば触れるほど、「分からなくなってきた」というのが、私の率直な実感です。
設計する主体の境界が曖昧になる
なぜ、私は最初の仮説を問い直すようになったのでしょうか。第2回から第4回で見てきた変化を振り返ると、そこにはこれまでの設計の前提を揺るがす3つの動きがありました。
第2回では、AIによって設計プロセスの選択肢が広がり、「イメージから3D、そしてBIMへ」と、従来とは逆の方向から設計を進めることが可能になりつつありました。第3回では、AIが情報を集め、検討環境をつくり、結果を見ながら条件を変えて再び検証する、その「段取り」まで担い始めました。そして第4回では、AIによって自らの考えや思いを具体的なイメージとして表現できるようになり、クライアントや建物の利用者自身が、そのイメージを持ち寄って設計の初期段階から対話に参加する機会が広がりました。
建築設計は元々、設計者だけで完結するものではありません。構造・設備などの専門家やクライアントとの協働によって成り立ってきました。それでも、少なくとも設計の意図を組み立て、専門的な判断を統合していく中心には、人間の設計者がいました。
しかし、AIが発想や検討、モデル生成、検証の一部まで担い、さらにクライアントや利用者自身が自らのイメージを携えて、設計の初期段階から関わるようになると、その「中心」さえ以前ほど明確ではなくなってきます。
最初のイメージを提示したクライアント、それを展開したAI、モデルを生成し条件を比較したAIエージェント、法規や構造などの条件を踏まえて判断する設計者や専門技術者。
では一体、この中の誰が「設計している」のでしょうか。
部分的であっても、設計という行為が従来以上に複数の主体にまたがるようになり、その中心が一つには定まらなくなってきています。
設計者の専門性はどこへ移るのか
こうなると、第1回で掲げた「Orchestrating」という仮説も、見直す必要が出てきます。AI自身が複数のツールを選択し、情報を整理し、案を生成して比較・評価し、次の検討手順まで組み立てるようになれば、「AI時代の設計者は指揮者になる」と安易に結論付けることはできません。
では、設計者に求められる専門性は、どのように変わっていくのでしょうか。
何を解くべき課題とするのかを見極め、クライアントの言葉やイメージの奥にある価値を読み解くこと。数値化しにくい空間の質や文化的文脈を評価し、相反する条件の中で何を優先し、どの案を建築として成立させるのかを判断すること。私は、こうした役割の重要性は、AIによってむしろ高まると考えています。
ただし、「ここから先は人間にしかできない」という明確な境界を設けることは難しいと考えています。AIの能力が今後どこまで拡張するかは、誰にも予測できないからです。
一方で、AIが高度な判断を支援するようになっても、建築を現実に成立させる責任の問題は残ります。現行の法制度では、AIそのものが建築士として責任主体になるわけではありません。今後AIが専門的な判断にさらに深く関与するようになれば、その判断と責任を人や組織、システムの間でどう位置付けるのかという新たな課題も生じるでしょう。この問題については、本連載とは別の機会に改めて考えてみたいと思います。
AI時代にBIMは何を担うのか
ここで、連載の出発点であった「BIMの先にあるもの」という問いへ立ち帰ってみます。BIMはこれまで、建築に関する形状や属性情報を構造化し、共有・活用するための重要な基盤として発展してきました。
しかし、AIが建築情報の構造や関係性を理解し、扱えるようになった時、AIにとって本質的なのは、人間と同じように特定のBIMソフトを操作し、同じ手順でモデルを作り込むことでしょうか。
ここからは、現在の試行から考えた一つの仮説です。もしAIが建築を構成する空間や部材、そのつながりを把握できるなら、図面が必要な時には図面を、3Dが必要ならモデルを、説明が必要なら文章を、検証が必要なら解析環境を、その都度生成することも考えられます。
そうなれば、私たちがこれまで前提としてきた「人間が手作業で丹念にBIMモデルを作り込む(Modelingする)」という行為そのものの位置づけも、現在とは大きく変わっていく可能性があります。
BIMが不要になるということではありません。
私はむしろ、BIMが持つ建築情報とその関係性の重要さは変わらず、その情報の生成や更新、利用のあり方が、より柔軟でダイナミックなものへ変わっていくと考えています。

設計は「複数のループ」でできている
ここで、第3回で少し触れた「Loop Engineering」という考え方を、建築設計全体に広げて考えてみます。
AIエージェントは、目的に向けて処理を実行し、その結果を確認し、必要なら条件や方法を修正して、もう一度試します。こうした試行と検証を繰り返す仕組みそのものを設計する考え方を「Loop Engineering」と呼ぶこともあります。
まず、AIの内部にループがあります。調べる。つくる。確かめる。修正する。そして、もう一度試す。
次に、人とAIの間にもループがあります。AIが出した案を人間が見て判断し、新しい問いや条件を返す。人間が一つ一つ確認しながらAIを使う場面もあれば、AIにある程度の検討を任せ、人間が全体を監督する場面もあります。「Human-in-the-Loop」や「Human-on-the-Loop」という考え方は、こうした人とAIの関係を捉える手掛かりになります。
さらに、専門領域同士のループがあります。意匠の変更が構造や設備に影響し、その結果が再び意匠へ返る。環境性能やコスト、施工性を検討し、その結果を踏まえてもう一度計画を見直す。建築は、専門領域が一方向に情報を渡して完成するものではありません。
そして、その外側には、クライアントや利用者、社会とのループがあります。クライアントや利用者が思いやイメージを持ち込み、設計者が読み解いて提案として返し、その結果を見ながら再び対話する。社会的な要求や制度、地域との関係も、設計へフィードバックされます。
こうして考えると、建築設計とは、一つの大きなループというより、異なるスケールの複数のループが重なり、相互に影響しながら、らせん状に進んでいくプロセスだと考えられます。
AIエージェント同士が設計を回す
今後は、この専門領域同士のループのそれぞれに、AIエージェントが入ってくることも考えられます。意匠側のAIエージェントが生成した案を、構造や設備側のAIエージェントが解析・評価し、その結果を意匠側へ返す。そこで条件を変更し、再び各専門領域で検証する。こうした複数のAIエージェントによる反復的な設計検討が行われるようになる可能性があります。
構造や設備などのエンジニアリングは、意匠設計に比べて計算条件や評価指標を定義しやすく、解析や最適化との親和性が高い分野です。構造には、架構そのものの美しさや、建築デザインに与える影響もありますが、設備ではさらに、性能や消費エネルギーなど、数値で評価できる範囲が広く、AIエージェントが「条件設定 → 解析 → 評価 → 修正」というループを担いやすい側面があります。
これまで人間が担っていたループの一部をAIが自律的に回し、その結果を別のAIや人間へ返すようになれば、設計者がどこで考え、どこで判断し、何を指揮・監督するのかという関係も変わってきます。
ここまで考えると、第1回で提示した「Orchestrating」という仮説も、少し違って見えてきます。一人の指揮者が全体を見渡してすべてを統合するのではなく、設計者や専門家、AI、クライアントや利用者が、それぞれ異なるループに関わり、互いに影響し合いながら設計全体を更新していく。
Orchestratingという役割がなくなるのではありません。むしろ、Orchestratingという役割そのものが、複数の主体の間に分散していくのかも知れません。

Modelingの次に「○○ing」はあるのか
しかし、だからといって、
Drawing → Drafting → Modeling → Loop Engineering
と並べれば答えが出るわけではありません。
Loop Engineeringは、Modelingに代わる新しい建築設計手法として登場したものではありません。むしろ私にとって重要なのは、この考え方を手掛かりにしたことで、最初に立てた問いそのものを疑うようになったことです。
Drawing、Drafting、Modeling。私は無意識のうちに、その先にも、新しい「○○ing」があると考えていたのかも知れません。
しかし、AI時代の設計を考えていくと、「設計する」という行為を、一つの作業や一人の主体によって定義すること自体が難しくなっています。建築設計は、「問いを立てる → 言葉やイメージにする → 検討する → 比較する → 対話する → 判断する → 再び問い直す」というループを繰り返しながら進んでいきます。
AI自身が設計検討の段取りを組み、クライアントや利用者が自らのイメージを携えて設計の初期段階から関わる。人とAIの関係も、「使う側」と「使われる道具」という単純な関係では捉えられなくなりました。
少なくとも私にとってAIは、もはや単に設計業務を効率化するためのツールとしては捉えきれない存在になりました。AIは、「私たちが信じてきた『設計する』とは、そもそも何なのか」という前提そのものを問い直すきっかけを与えています。
では、Modelingの次に来るものとは、一体何なのでしょうか。
今の私には、まだそれを表す明快な一語は見つかっていません。ただ、一つ言えるとすれば、これから重要になるのは「次の○○ingを名付けること」よりも、変化し続ける設計のプロセスの中で、誰が問いを立て、誰が検討し、誰が判断し、そして誰が責任を担うのかを問い続けることだと考えています。
その問いに向き合い、思考と試行を続けること。それが、AI時代を生きる私たち設計者の、新たな出発点なのではないでしょうか。
本連載はここで一区切りとなりますが、「BIMの先にある問い」は、まだ終わったわけではありません。また、次の問いでお会いしましょう。
(おわり)
連載 BIMの先にある問い はこちら
