要求を読み解き、建築を構想する
クライアントが伝える要求を、そのまま形にすることだけが、設計者の役割ではありません。クライアントは、敷地や予算、必要な部屋の数や面積などの条件とともに、「明るく開放的な空間にしたい」「街に開かれた建物にしたい」といった、必ずしも明確には言葉にならない希望を伝えます。
設計者は、そうした言葉の背景にある意図や、まだ言葉になっていない要求を読み取ります。さらに、敷地や法規、構造、環境、コストといった条件だけでなく、社会の変化や将来の使われ方まで考え、時にはクライアント自身が当初想定していなかった別の可能性を提案することもあります。
つまり設計とは、与えられた要求を単純に空間へ置き換えるのではなく、それを読み解き、問い直し、必要な検討を重ねながら建築を構想していく行為だと言えます。
しかし、生成AIの登場によって、この設計者とクライアントの関係にも変化が生まれています。
クライアント自身が「具体的なイメージ」を持ち込む
現在、画像生成AIを使えば、建築の専門教育を受けていない人でも、自然言語で指示するだけで具体的な空間イメージをつくることができます。私自身の周りでも、「こんな建物にしたい」「このような雰囲気の空間にしたい」と言って、クライアントやデベロッパー自身がAIで生成した画像を、設計の初期段階から持ち込んでくる場面を目にするようになりました。
連載の第2回で触れたのは、設計者自身がイメージを起点として、そこから3DやBIMへと展開していく新しい設計プロセスでした。
そのイメージをつくり、設計の場へ持ち込む人そのものが広がっています。

イメージから始まる対話
これまで一般的だった「設計検討 → イメージ化 → 合意形成 → 建築」という流れに加え、具体的なイメージやそこで得られる体験を早い段階から共有し、そこから対話や意思決定、設計検討を始めることもできるようになってきています。
例えば「NOT A HOTEL」では、建物の完成前から建築の世界観や、実際の空間や体験、魅力を伝えるため、CGパースを重要なコミュニケーションツールとして位置付けています。建物が完成する前から販売を始めるという事業の性格上、CGパースが単なる説明図以上の役割を担っている例と言えるでしょう。
ここで重要なのは、生成AIを使っているかどうかではありません。完成前の具体的なイメージが、まだ存在しない建築について具体的に話し合うための共通の手掛かりになっているという点です。
スケッチやCGなどの専門的な技術がなくても、生成AIによって具体的なイメージをつくりやすくなれば、こうしたイメージを起点とした対話は、通常の設計の場にも広がっていく可能性があります。
AIが従来の設計プロセスを置き換えるのではありません。設計に関わる入口が増えているのではないでしょうか。
子どもたちの夢が、現実へつながる
この変化を強く感じたのが、小学校の建替えに関する生成AIワークショップでした。子どもたちに「新しい学校に、こんな場所があったらいいな」という思いや記憶を挙げてもらい、その場で生成AIを使って家具や空間のイメージにしていきました。お祭りのヨーヨーや赤い提灯、桜、プールなど、子どもたちの日常の記憶から、隠れ家やソファベンチ、本棚、照明など、様々なデザインが生まれていきました。

特に印象的だったのは、まだ自分の思いを十分な言葉や絵で表現することが難しい低学年の子どもでも、生成された画像を見ながら、「もっとこうしたい」「これは違う」と設計者と対話できたことです。
ここでのAI画像は「完成予想図」ではありません。言葉だけでは伝えにくかった思いや感覚を、設計者と共有するための共通言語になっています。
そして今、そのイメージは単なる「夢の絵」で終わらなくなってきています。ワークショップで生まれた画像を3Dモデル生成AIによって立体化し、そのデータを使ってデジタルファブリケーションで実際の家具として製作する。さらに、生成した3DモデルをBIMモデルと統合し、実際の家具や建築空間へとつながるようになってきました。

関連:
葛飾区「東四つ木小学校で生成AIを使ったワークショップを実施」
田原本町「小学校3校統合に関するQ&A」
※ 建築家・宮下巧大氏、布井翔一郎氏(NOI STUDIO)との協働
子どもの思いや記憶がAI画像となり、対話を生み、3Dモデル、BIMやデジタルファブリケーションを介して、現実の家具や建築へとつながっていく。
まだすべてが実現したわけではありません。しかし、これまでなら自分の思いをうまく表現することが難しかった子どもたちまで、自らの夢を具体的なイメージとして設計の場に持ち込み、その実現に参加できる可能性が見えてきました。そこには、これまでとは少し違う設計参加の姿があります。
イメージをつくることと、設計をすること
では、誰もが具体的なイメージをつくり、さらに3Dモデルまでつくれるようになれば、設計者の役割は小さくなるのでしょうか。
しかし、イメージや3Dモデルをつくることと、建築を設計することは同じではありません。
例えば、子どもが「こんな場所がほしい」とAI画像を示したとしても、その形をそのまま建築にすることが設計ではありません。その子が本当に求めているのは、囲われた空間なのか、一人になれる居場所なのか、友達との適度な距離なのか、あるいは光や素材が生み出す心地よさなのか。設計者には、具体的なイメージの奥にある要求や体験を読み解くことが求められます。
さらに、それを敷地の文脈、法規、安全性、構造、環境性能、コスト、施工性、維持管理、そして将来の変化などと突き合わせ、時には持ち込まれたイメージとは異なる答えを提案しながら、必要な検証を重ね、現実の建築として成立させなければなりません。
AIによって変わるのは、設計者が不要になることではなく、設計者の元へ持ち込まれるものが、言葉や条件だけでなく、イメージや体験、記憶へと広がっていくことなのかも知れません。
設計の入口に立つ人々の広がり
「設計は誰のものになるのか」。
AIによって、設計がクライアントのものになるわけでも、設計者の手を離れるわけでもありません。
利用者が設計に参加すること自体は、これまでもワークショップなどを通じて行われてきました。しかし生成AIは、自分の考えを言葉や絵で十分に表現できない人であっても、具体的なイメージを持って設計者との対話に参加することを容易にします。
変わりつつあるのは、誰が設計の入口に立てるのか、そして、そこでどのように設計に参加するのかということではないでしょうか。
もちろん、誰もが設計者になるわけではありません。しかし、様々な人々が自分の思いや夢を設計の場へ持ち込み、その実現に関わる可能性は広がっています。
では、こうして設計に参加する人の範囲が広がり、AIがイメージ生成やモデル生成、設計検討そのものまで支援するようになった時、設計者にはどのような専門性が求められるのでしょうか。
次回は最終回として、Drawing(手描き) → Drafting(CAD) → Modeling(BIM)の先に何があるのかという問いから、AI時代に「設計する」とは何かを考えます。
連載 BIMの先にある問い は こちら
