今回は現場でニーズが高まっているBIM人材教育に関連して、2026年8月にバングラデシュ・ダッカを訪れた出張報告をお届けしたい。単なる旅行記ではなく、日本の建設業界がこれから直面するであろう「BIM人材不足」という課題に、海外との連携がどう応えうるかという、実験的な取り組みの記録である。
なぜ今、バングラデシュなのか
きっかけは、LinkedIn経由で届いたKawaii Group(日本・バングラデシュの合弁企業)からの打診だった。同社はもともとバングラデシュの建設労働者を日本ゼネコンへ送り出す人材事業を手がけており、その事業領域をBIM人材の供給へも広げたいという相談だった。この話を聞いたとき、率直に「タイミングが良い」と感じた。
日本国内ではBIM導入が急速に広がる一方で、それを実際に動かすBIMオペレーション人材は慢性的に不足している。ベトナムやフィリピンを中心とした東南アジアのBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)サービスも存在感を増しているが、需要の伸びに供給が追いつかず、人材コストも上がり続けているというのが現場の実感だ。加えて厄介なのは、日本の設計実務やBIM運用のルールが、世界的に見てもかなり特殊だという点である。ともすれば“意匠・構造・設備・施工全てでRevit統一活用”が通用する海外の標準的なBIM教育を受けただけでは、様々な専門職能が日本独自の多様な専用BIM/CADを活用する日本の現場にそのまま入っていくことは難しい。
だからこそ、日本就労を前提としたBIM教育プログラムを一から企画する意義があると考え、Kawaii Groupとの協業検討を始めることにした。単なる技術やノウハウの輸出ではなく、バングラデシュの若い人材が日本の現場で活躍し、その経験が本国のBIM・DX推進にも還元される――そんな双方向の人材循環を目指したいというのが、この取り組みの出発点にある。
バングラデシュについて、詳しくない読者も多いと思うので簡単に触れておきたい。インドの東側に位置し、人口は約1億7,600万人(2025年時点)、首都ダッカには約2,465万人が暮らす人口過密都市だ。公用語はベンガル語だが、英語も広く通じるため意思疎通に困る場面は少ない。宗教はイスラム教が約88%を占める。歴史的な経緯もあって親日的な国民感情で知られ、実際に街を走る車の多くは日本車が占めている。首都ダッカでは日本のODA・JICAの支援によるダッカメトロの整備が進んでおり、慢性的な交通渋滞の緩和に向けたインフラ協力が今も続いている。



描いているBIM人材教育プログラムの中身
Kawaii Groupへ提出した提案書では、大きく2つのプログラムを構想している。ひとつは大学生・大学院生向けのBIM導入プログラムで、バングラディシュと日本の建設産業構造の差異やBIM導入の歴史・現状を解説する座学講義(コースA)と、Revit・ArchiCADなどを用いたハンズオン形式の操作実習(コースB)で構成する。もうひとつは実務者向けのプログラムで、BIMマネージャーやBIMデータコーディネーターといった、単なる操作担当にとどまらない人材の育成を目指す応用講義(コースC)と、Solibri・NavisWorksなど検証・調整系ツールを使った実践マネジメント演習(コースD)を構想した。
このプログラムで意識しているのは、「単なるBIMオペレーターではなく、BIMマネジメント人材を育てたい」という一点に尽きる。BIMは操作を覚えれば終わりではなく、意匠・構造・設備をどう整合させ、設計から施工・維持管理までどう合意形成していくかという、いわばプロジェクトマネジメントの技術でもある。そこで、Revit一本足打法にはしないという点にもこだわった。
日本の建設現場では、意匠はRevitやArchiCAD・GLOOBE、構造はReal4のような国産鉄骨専用CAD、設備はRebroやTfasといった専用BIMツールを使い分ける「オープンBIM」的な運用が一般的だ。世界的に見てRevitのシェアが抜けて高いことは事実であり、現実的に海外の大学などでのBIM教育がRevit中心になりがちなのに対し、日本特有のツールの組み合わせに対応できるカリキュラムにすることが、日本就労を見据えたプログラムとしての差別化・意義になると考えている。
今回は、教育プログラム企画のキックオフ、バングラディシュ現地関係者へのイントロダクションとも言える位置付けで、私自身がダッカ現地へ訪問し、現地大学関係者や企業関係者、国や自治体の要職者達に対して講演を実施してきた。
訪問1日目――BUETでのアカデミック講演
2026年8月17日、この構想の第一歩として、バングラデシュ随一の国立工科大学であるBangladesh University of Engineering and Technology(BUET)のCouncil Hallで講演の機会をいただいた。BUETは1876年創設という長い歴史を持ち、国内の工学・建築教育において最も古く、最難関とされる大学で、しばしば「バングラデシュの東大」とも称される。当日はシビルエンジニアリング学部長をはじめとする教員陣、実務に携わるエンジニアや建築家、そして学生たちを前に、日本の建設産業の構造や、BIM導入の歴史・現状について講演した。海外に出て改めて気づかされたのは、聴講者の熱心さと質問の的確さだった。国内の講演ではなかなか出会えないような、根本的な問いを投げかけてくる学生も多く、こちらが刺激を受ける場面も少なくなかった。

訪問2日目――200名規模のセミナーとMOU締結
翌8月18日には、Lakeshore Heights Hotelで開催された“High-Level Academic & Industry Seminar”に登壇した。国会議員(Narail-1選挙区選出)、バングラデシュ不動産・住宅協会(REHAB)会長、ダッカ首都圏開発公社(RAJUK)の技師長といった要人に加え、現地企業のCEOクラスや実務者、私立大学の学生を中心に約200名が参加する、大規模な場となった。この場で、Kawaii GroupとのMOU(覚書)締結式も執り行われた。
このイベントは、建設業の枠を超えて社会的に注目度が高い取り組みであったようで、なんとテレビ局や新聞社の取材も入り、翌日には地上波ニュースで放送されていたそうだ(日本のNHKや日経新聞にあたる公共放送や大手一般紙)。




この2日間の講演は、日本就労を前提としたBIM教育プログラムを企画するにあたっての、いわばイントロダクションという位置づけだ。なぜわざわざ日本特有の教育プログラムを一から企画する必要があるのか。それは、既存の海外BIM教育の多くが、欧米式のワークフローやRevit中心のツール運用を前提としており、日本の現場特有の商慣習や図面文化、意匠・構造・設備の分業体制にはそのまま適合しないからだ。この溝を埋めるには、日本の現場でBIM推進の実務に携わってきた技術者自身が、教育プログラムの設計に関わる必要があると私は考えている。
現地で感じたこと・今後の展望
今回の訪問で強く感じたのは、まずバングラデシュという国自体の熱量だった。人口構成を見ても若い世代が多く、実際に街を歩いていても、この国の未来を感じさせるエネルギーに満ちていた。
そしてもうひとつ、圧倒的な親日感情である。歴史的・政治的な背景もあってのことだと思うが、日本人に対する親しみとリスペクトは本物だった。講演の聴講者たちから、こちらが恐縮するほど「日本人から技術を学びたい」「日本で働きたい」という強い意志と積極性を感じ取った。このハングリー精神とモチベーションの高さは、BIM人材教育を推進するうえで大きな原動力になるはずだ。
一方で、足りていないピースも見えてきた。やる気はあるが、何から始めていいのかが分からない。勝ち筋を示してくれる人材がいない――そんな声を多く聞いた。これは実は、日本国内の中堅ゼネコンや地場ゼネコン、これからBIMに着手しようとするサブコンや専門工事会社が抱える課題と、驚くほど共通している。そしてこれこそが、現在、私が技術顧問業として最も大事にしている解決ポイントと一致するものだった。BIM推進や人材教育に、国境はない。これからBIMを始めたい、やる気のある人材の後押しができ、建設業界を盛り上げる一助になるのであれば、それがバングラデシュであっても日本国内であっても、私にとってはうれしい仕事だ。
次回予告
具体的な教育プログラムの内容やビジネスモデルについては、取り組みがもう少し進んだ段階で、改めて詳報したい。今回は臨時の海外報告を挟んだが、次回からは予定通り、現場でのフィジカルAIや生成AI活用に関する現場ICT術について紹介していきたい。
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染谷俊介 デジタルコンストラクション染谷技研 代表 / 技術顧問(複数企業)2007−2025年、竹中工務店にて建設DX分野のR&D・実務適用や本社BIM推進部門立ち上げに携わる。専門であるBIM・3D測量技術は業界標準化にも携わる。2025−2026年に総合コンサルファームであるアビームコンサルティングにて戦略コンサルマネージャー(管理職)を経験。現在は建設DX分野の技術コンサルティング業を独立開業。博士(工学)。一級建築士。事業HP http://www.dc-someya.com/
