「紙の図面」がなくなる日は、本当に来るのか
2026年4月より、建築確認申請における「BIM図面審査」が正式にスタートした。設計者が作ったBIMモデルをそのまま確認申請に活用する、業界にとって歴史的な転換点だ。
BIM図面審査が目指すのは、従来の「3D→2D図面→脳内で3D復元」という無駄な変換プロセスの廃止だ。BIMデータから書き出されたPDF図書とIFCデータを提出することで、図書間の整合性確認の一部が省略でき、審査の効率化が図られる。ただし現在はまだ移行期間であり、現行の審査対象はあくまで2次元図書にとどまり、BIMデータは「参考資料」扱いだ。2029年春以降には、BIMデータそのものを審査対象とする「BIMデータ審査」への移行も噂されており、今はその第1フェーズだと認識している。


ArchSync(確認申請用CDE)の仕組み
BIM図面審査の実務を担うのが、建築行政情報センター(ICBA)が運営するプラットフォーム「ArchSync」だ。「申請書の提出・確認済証交付」を担う電子申請受付システムと、「図書・IFCデータの提出と審査のやり取り」を担うArchSyncの2システムを使い分ける構造だ。
申請者はBIMソフトで作成した同一モデルからPDFとIFCを同時に書き出し、整合性を誓約する「入出力基準適合誓約書」を添えて提出する。修正が生じた場合は必ずモデル側を直して両方を再出力しなければならず、PDFだけ2D修正して提出した場合は受理されない。
ArchSyncはPDFへの直接マークアップや差分表示機能を持ち、審査のやり取りがクラウド上で完結する。IFCデータがビューアで正常表示されない場合は受理不可となるため、ICBAが提供する無料の「IFCデータ表示確認サービス」での事前チェックが欠かせない。
課題:多様なBIMツールへの対応と中小企業の壁
現時点でArchSyncへの対応が整っているBIMソフトは、RevitやArchicadなど一部の主要プラットフォームに限られる。入出力基準や誓約書の様式がRevitを念頭に設計されている部分も多い認識であり、他のプラットフォームを使う設計事務所や、国産BIMツールを採用する中小ゼネコンなどには対応の余地がまだ残っている。例えば、住宅向けのARCHITREND ZEROや一般建築向けGLOOBE Architectなどの国産ソフトも対応を進めているが、中小ゼネコン・工務店が実際にBIMモデルを入出力基準に沿って作れる体制を整えるには、ソフトだけでなく人材・ノウハウの蓄積に相当の時間がかかる。「大手が動いた」と「業界全体に定着した」の間には、まだ大きなギャップがあるというのが筆者の認識だ。
ただし、これはBIM図面審査にブレーキを掛けるべきというネガティブ意見ではない。様々な業界課題を解決する有効な一手として、業界全体でBIMをベースとしたデジタル活用を進めることに筆者は大賛成であり、そのための強制力として今回の制度はとても有効だと思っている。今回、まずは試行的位置付けでスモールスタートできたので、現在の準備期間を利用して、全国・業界全体がBIM図面審査に無理なく対応できる環境を皆が当事者として作っていく必要があると感じている。
事例①|先陣を切った大手2社の動向
竹中工務店――制度史上「第一号」の確認済証を取得
BIM図面審査制度のもとで発行された第一号の確認済証は、2026年4月7日に日本ERIから竹中工務店の案件に対して交付された。案件は事務所ビルで、BIMソフト「Archicad」で作成したモデルから出力したPDF設計図書とIFCデータを提出した。
竹中工務店はこの第一号取得に向け、2025年10月に社内の設計モデル作成ガイドラインを改訂し、翌11月には全国の設計グループ長向け説明会を実施するなど、入念な社内準備を進めていた。これは「制度開始に合わせてツールを導入する」のではなく、「制度開始に合わせて社内プロセスを刷新する」という本質的なアプローチだ。
大林組――複数案件を同時並行で申請、2026年度10件超を目標
大林組は、BIM図面審査制度に基づく確認申請を複数案件で同時提出したと発表した。確認検査・省エネ適合性判定・構造適合性判定をすべてArchSync上で実施し、2026年度は10件以上の案件適用を目指す。
同社は2020年からPDFによる電子申請に段階的に取り組んできた実績があり、今回のBIM図面審査対応はその延長線上にある。
大手の先行を「自分ごと」として読む
現在BIM図面審査に対応を表明している確認検査機関は30機関に達し、申請側も大手組織事務所やゼネコンを中心に対象案件のピックアップが始まっている。
今は確かに大手が先行しているが、見方を変えると、中小ゼネコン・工務店にこそ早期適応のチャンスがある。大手は案件規模が大きく複雑なため、モデル作成や整合管理に相応のコストがかかる。一方、施工棟数が限られる中小企業は、1件ごとに習熟し、社内標準を磨く速度が速い。仕組みを一度作れば定着は早い。「大手がやること」として傍観するのではなく、「小規模だからこそ試せる制度」として捉える視点が、先手を取る鍵だ。
事例②|海外との比較——日本はどの段階にいるか
| 国 | プラットフォーム | 特徴 |
| シンガポール | CORENET X | BCAなど複数規制機関が同一BIMモデルを同時参照するワンストップ申請。IFC+SGという独自拡張フォーマットを採用。 |
| イギリス | Planning Portal | 2016年以降、全ての公共プロジェクトでBIM Level 2モデルが義務化。民間建築への建築許可BIM義務化は限定的。 |
| アメリカ | SMARTcodes (ICC) | 国際建築基準(ICC)をベースとしたコード自動適合確認システムを開発中。連邦統一義務化はなく自治体裁量に委ねられる。 |
| 日本 | ArchSync | 2026年4月〜第1フェーズ(PDF審査+IFC参考)。将来的に第2フェーズ(BIMデータ審査)への移行を目指す。 |
シンガポールは複数省庁が一本化されたモデルで先進的だが、国土規模と規制集約のしやすさという特殊事情がある。日本は建築基準法の審査体系が複雑な分、段階的アプローチは合理的だ。むしろ近い将来の第2フェーズで「IFCデータが審査対象」になる時点こそが、世界との競合が始まる本番だ。
最後に|今すぐできる準備として、以下の3つにぜひ取り組んでみてはどうだろうか
① IFCの品質チェックを習慣化する ── 無料のIFCデータ表示確認サービスで提出前に必ず検証する。
② 社内の「誓約書戦略」を決める ── どの項目を整合省略し、どこを従来通りにするかをプロジェクト初期に設計チームで合意する。
③ 元請けの動向を把握する ── 大手ゼネコンがBIM図面審査を標準化すれば、協力会社にもBIM対応が波及する。今のうちに発注者・元請けの方針を聞いておくことが最大のリスクヘッジだ。
参考資料
- ICBA「ArchSyncを用いたBIM図面審査業務手順書 ver.0.9」
- 国土交通省「建築確認におけるBIM図面審査ガイドライン」/ BIM図面審査申請・審査マニュアル(2026年3月24日版)
- 大林組プレスリリース「BIM図面審査に対応した確認申請を複数案件で提出」(2026年4月17日)
- BIMedia「BIM図面審査 先陣切り日本ERIが済証交付 第一号は竹中工務店」(2026年4月14日)
- CORENET X公式サイト(シンガポールBCA・URA)
染谷俊介 デジタルコンストラクション染谷技研 代表 / 技術顧問(複数企業)2007−2025年、竹中工務店にて建設DX分野のR&D・実務適用や本社BIM推進部門立ち上げに携わる。専門であるBIM・3D測量技術は業界標準化にも携わる。2025−2026年に総合コンサルファームであるアビームコンサルティングにて戦略コンサルマネージャー(管理職)を経験。現在は建設DX分野の技術コンサルティング業を独立開業。博士(工学)。一級建築士。事業HP http://www.dc-someya.com/
